ローマ帝国下の初期キリスト教会の集会では、世俗的な晩餐の席でも音楽が親しまれていたこともあり、聖体拝領が夕べの会食時に行われて詩篇唱も同時に歌われた。その際、世俗的な音楽とは区別するために楽器による伴奏を極力排除した。4世紀には聖職者の職務としてのカントル(独唱歌手)の地位が確立した。
初期キリスト教会ではローマ帝国の優れた情報伝達網によって典礼方式や聖歌の統一がある程度、図られていたと思われる。その後帝国の崩壊によって街道や情報伝達のシステムが寸断され、とくに西ローマの地域(西方教会)においては、各地で独立した多様な地方典礼へと発展していった。
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西方教会でも、南フランスのガリアでは、ガリア聖歌と呼ばれる聖歌が、スペインではモザラベ聖歌が知られている。北イタリアのミラノには、4世紀にミラノ大司教を務めた聖アンブロジウスの名を冠したアンブロジウス聖歌(アンブロジオ聖歌)、ローマにもローマ聖歌といった地方聖歌が成立した。これらの地方聖歌も現在まで歌われ続けているものがあるが、当時のものではない。地方聖歌は、やがてローマカトリック教会が力を持つと、グレゴリオ聖歌として統一されることになる(中世西洋音楽参考)。